12月 20 2011
新しい形
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アクチュアリーに憧れる男のブログ
12月 20 2011
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11月 16 2011
アクチュアリーという職業について、日本語で紹介しようということになると、
”ビジネスにおいて、将来起こり得るリスク、不確実性について分析し、
リスクや不確実性の分析結果に基づいて評価する仕事、あるいは、
そういう仕事をする専門家“、というふうになるでしょうか。
もともと、アクチュアリーと呼ばれる専門職が出てきたのは、生命保険の
分野ですから、アクチュアリー、と聞くと、ああ、生命保険の仕事をする人
のことだな、と、思いがちですが、前述のような専門家のことをアクチュアリーと
呼ぶとするなら、アクチュアリーが専門家として活躍する分野、領域は、
生命保険以外にも、あらゆるところにありそうです。
ただ、リスクや不確実性について分析し、評価する、ということが、
生命保険であるならば、保険に関する、保険価格や、保険料、といったものの
算定の基礎をつくる場合に欠かせない、ということから、生命保険という制度が
出来て以来、アクチュアリーという専門職が、生命保険の分野では、無くては
ならない存在であり続けた、ということは、申し上げられるかと存じます。
しかし、考えてみれば、私たちにとって、ビジネスの場、というのは、リスクと、
不確実性に満ちています。それらの分析と評価、ということは、私たちが
ビジネスを続ける場合に欠かせないものでしょう。
と、なれば、私たちのすぐ傍で、アクチュアリーと呼ばれる専門家が活躍する場面、
というのは、あちこちにある、ということにはならないでしょうか?
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9月 15 2011
アクチュアリーについてあれこれと書いています。
私たちが日頃保険というものに対して抱いているイメージは、いざというときに
頼りになる・・・保障をしてもらえる・・・といったようなものでしょうね。
アクチュアリーの仕事は、保険が保険として成立するか、というところの数値的
見極めを磨る仕事だ、というふうに断じるのは無理があるでしょうか?
保険は、加入する私たちにとっては、前述のようなイメージでいいのですが、
保険者にとっては、・・・繰り返しますが、その対象物に保険を掛ける、ということが、
ビジネスとして成立するか、ということがとても重要になります。
その対象物について起こり得る危険を分散して、応分の保険料を負担させる、
というのが、保険の基本的な仕組みです。この仕組みが成立するかどうか、
という点についての判断に、アクチュアリーが関与するわけですね。
これはもう、定期預金の金利を決定するような単純な(これだって、
充分に複雑な営みとなるでしょうけれど)わけにはいきません。
ですから、アクチュアリーの仕事は、誰にでもできる、というようなものではないのです。
アクチュアリー、と、名前を聞くと、なんとなく憧れてしまいますが、
実際のところは、数値に強くないといけませんし、想像力がたくましくないと
やれない仕事なんだろうな、という気がします。
しかし、アクチュアリーという仕事、実際に、やってみたいな、という気もするのです。
アクチュアリーについて、もう少し、詳しく調べてみたいと思っております。
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8月 29 2010
以前、アクチュアリーになるためには資格を取って、資格試験を2年かけて取らなければ
ならないと書きました。
そして社団法人の日本アクチュアリー会に正会員と認識されるまでには長い年月がかかる
ことも調査済みです。
まず、1年目は基礎科目を5科目すべて合格して、初めて準会員として認められます。
準会員に認められるためにやらなければならないお勉強は以下の通りです。
1.数学
確率・統計・モデリング
2.生保数理
生保数理の基礎および応用
3.損保数理
生保数理の基礎および応用
4.年金数理
年金数理・年金財政の基本
5.会計・経済・投資理論
会計・経済・投資理論の基本
これらについて、すべてマークシート方式で出題されるとの事です。
そして、これら全部の科目に合格して初めて、2次試験を受験する資格を取得できます。
2次試験では専門的な科目が出題されます。
科目は以下の3科目のうち2科目を選択して合格する必要があります。
1.生保コース
(1)生保1
生保商品の実務
(2)生保2
生保会計・決算
2.損保コース
(1)損保1
損保商品の実務
(2)損保2
損保会計・決算・資産運用
3.年金コース
(1)年金1
適格退職年金制度、確定給付企業年金制度および確定拠出年金制度ならびに
年金関係税務・会計
(2)年金2
公的年金制度および厚生年金基金制度
これだけの事を勉強しながら、実務もこなさなければならないのであれば
8年9年かかるというのは妙に納得してしまったのでした。
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8月 27 2010
現在は不景気であると、テレビのニュース見てても、新聞読んでも、雑誌を読んでも
判で押したように、そんな情報をメディアは平気で垂れ流している。
とても気分が悪いのである。
だから、わたしは最近テレビをほとんど見ませんし、ネットでニュースもチェックしません。
大体が気持ちが暗くなるような、精神衛生上よろしくない情報がオンパレードなんですもん。
おそらくこのままだと、地デジ対策しないで2011年の7月を迎えそうな予感がしております。
わざわざその為に精神的に害毒になるテレビなんてものを買うこと自体がナンセンスだろうと
思ってしまうのです。
もうDVDを再生するためのディスプレイとしてのみ使おうかななんてことも考えてます。
さて、このように、最近のメディアでは、人々の気持ちがネガティブになることばかりを
放送しております。
これにはどこぞの国の陰謀がからんでいるのでは?と勘繰りたくなるほどです。
日本人を弱体化させようとしてる国があるのでは?なんてB級スパイ映画のシナリオみたいな
事を考えてしまったりするのです。
どちらにしても、確かなことは、今まで通用していたことが通用しなくなってきているのが
今の時代だと思っています。
新しい時代の幕開けは大体このように迷走するのです。
ある意味チャンスの時代がすぐそこまで来ている。そういう予感がわたしにはします。
だから、ある意味すこしワクワクしていたりするのですね。
勤め人もやらないと決めたのはそういうことを肌で感じているからです。
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8月 25 2010
正直、アクチュアリーは次代の担い手になるほど派手な職業ではないので、
なれないに一票(笑)
自分で表題を書いといてそれはないだろ?と突っ込みを入れられそうですけど
冗談抜きで、派手ではないけど、これからの日本においてはもっともっと重要視
されても良い職業であると思っています。
少子高齢化は更に進むだろうし、子供が増えなきゃ人口は減る一方だし
あと何年かしたら、日本はどんどん人口減少の一歩をたどると、どこかで読んだ
記憶があるのです。
なぜにこれだけ少子化が進んだのかは言うまでもなく、子供を安心して育てられない
国になってしまっているからの証左でしか他ありません。
あとは、自分で稼ぐという事に対する抵抗感かな。
大抵の人はどこぞで雇われて生活の糧を得ることを考えます。
自分で何か商売を始めてという事に関しては勝手にハードルを高くしてチャレンジ
しようともいたしません。
わたしは一つの会社にしがみついて、自分ができることの可能性をしぼませている
事実こそが最もリスキーだと考えていますが、現実問題で子供を育てるには
お金がかかりますし、普通の会社員をやっていると、子供を育てる資金を自分の
お小遣いを削ってまで教育費に回しているという人がほとんどなのではないでしょうか?
こうなってしまうと、子供を産めよ増やせよとは行きません。
人生設計的なことを作成するのもアクチュアリーの仕事であると思いますがこのあたり
現在のアクチュアリーさんたちはどのように考えていらっしゃるか是非ご意見をたまわりたい。
そのように思います。
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8月 23 2010
わたしたちの未来は不確実なものに満ち満ちています。
自分が望むのと望まないのとにかかわらず、起きてしまう事もあります。
そして、人々が普段は見て見ぬふりをしているけど、確実に訪れてくるのが「死」です。
このような不確実なことが発生すると、人々にかかる精神的な、また経済的な
負担というのは計り知れないモノがあります。
アクチュアリーはこのような将来の出来事の発生確率を計算しし、望まれない出来事の
発生確率を減らすように知恵を絞って、すでに起こってしまった望まない出来事の
影響を軽減することを考えることが仕事になります。
ですので、必然的に生命保険会社や損害保険会社などの保険会社で活躍する場合が
多いのですが、この少子高齢化の日本においては、年金事業であるとか共済事業や
企業の資産運用までまさに多彩な活躍の場所があるといえます。
また、アクチュアリー会自体が海外のアクチュアリー会とも交流がある国際的な
組織であり、アクチュアリー自体も国際的な資格であることから、活躍の場は
日本国内だけにとどまらず、海外で活躍するアクチュアリーも多数存在します。
企業でいえば、先程の保険会社のみならず、コンサルティング会社や再保険会社、
監査法人などで、数理のプロフェッショナルとしてアクチュアリーは大きく
活躍しています。
今後はもっと国際交流も活発になると思われるし、海外の金融商品も日本に
たくさん紹介されると思われるので、アクチュアリーにとっては仕事が多すぎて
困るほどになるのでは?とおもいます。
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8月 20 2010
昔のアニメとか、映画を見ると、21世紀は自動車が空中を行きかい、人々は銀色の
ピッチリした宇宙人のような衣服を着て、街中を歩くのではなく、浮いて移動して
いたり、言葉をしゃべるほとんど人間のようなロボットがいわゆる昔でいうところの
3K仕事を請け負い、人間様はとても優雅に暮らしているなんてことが描かれていた。
宇宙旅行も当たり前のように実現していて、一部の人間は火星とか金星などにも
移住していて、宇宙ステーションもバンバン出来上がっていてなんていう空想物語
もあったと思います。
鉄腕アトムの時代は実は1984年を想定しているという話も聞いたことがあります。
手塚治虫先生はあと20年もすれば、人間と同じ様なロボットが出来上がっても
おかしくないと思われて、あの作品を書かれたとどこかで聞いた覚えがあります。
さすがにそこまでの進歩はされていませんが、二足歩行のロボットは確かにできて
いますし、携帯電話も実現していますし、SFの空想物語の産物でしかなかった
モノが、現実世界でも一部は実現されていることは事実です。
考えてみれば、この世に存在しているすべての物は人間のアイディアからできています。
パソコンだって、ほんの20年前までは、今の性能の1万分の1の性能で値段は10倍
から20倍していたんですからね。
具体的に言うと、ハードディスクが40MBのパソコンが80万~100万円してたわけです。
ノートPCはラップトップと言って、10kgあって、とてももちはこびなんかできるような
代物じゃありませんでした。
こうやって見ると、パソコンのハードは格段に進歩したと思います。
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8月 17 2010
日本が高度成長期だった昭和40年代、ちょうどわたしの父が企業戦士だとか言われて
いた時代の一般人の成功法則は、良い大学を卒業して一流企業に入社して勤め上げ
あとは多額の退職金と年金で死ぬまで悠々自適というのが一つの勝利の方程式でした。
いまはそれが崩壊して形骸化していると言っても過言ではありません。
おまけに少子高齢化の波が押し寄せており、厚生年金、国民年金なども社会保険庁の
ズサンな管理で、情報自体が吹っ飛んでいたりして、払わなくても良い人間(すでに
死亡してたりしてこの世にいない人間)の口座に税金から年金が支払われていたり
もらうべき人間にその金額が回ってこなかったり、もうやってることが無茶苦茶。
良い大学に行って一流企業と呼ばれている大企業に入社して30年~40年を一企業で
勤め上げ、その代償だか何だかわからないけど、家を購入し、その家のローンを
支払うために一生を奴隷のように過ごしてきたのが、その方程式で生きてきた人間
の実質の人生の内容であるとおもいます。
その成功の方程式が照明不可能になってもう20年位経とうとしてるのではないか?
今、企業に勤めている会社員のほとんどが、将来的な不安を抱えながら生きている。
こういう時こそ、アクチュアリーが活躍するべきだと思うし、その土壌は整っている。
こういう時代にアクチュアリーとして独立しても集客にはさほど困らないのでは
ないか?と思います。
アクチュアリー会がどこまで影響力を持つかにもよるかと思いますが、アクチュアリー
として独立することは可能であると考えます。
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8月 13 2010
アクチュアリーの歴史は古く、19世紀のイギリスが発祥の地であると言われています。
そのころのユニオン的(組合的)なものがイギリスにはすでに出来上がっており、
その中で、不慮の出来事があった場合に備えて、組合員同士でお金を出し合って
備えるという、今の生命保険の仕組みの前身のような仕組みの中でアクチュアリーの
前身ともいえる役職を持った専門職が始まりとされております。。
日本においては日本アクチュアリー会が設立されたのが1899年(明治32年)と意外に古く
もう100年以上経っているという大変な老舗なのです。
日本に近代的保険事業が誕生したのは1880年前後と言われています。それから遅れること
約20年、日本アクチュアリー会が1899年に誕生いたしました。
その間の約20年に色々な準備や紆余曲折があり、それらを経て満を持したかのように
日本アクチュアリー会が誕生したと思われます。
ちなみに、世界で一番古いアクチュアリー会は1848年に創立されたイギリスの
アクチュアリー会ですが、1800年代に存在したアクチュアリー会は、日本アクチュアリー会
を含めて世界でわずか9団体でした。
こうやって見ても、日本のアクチュアリー会は歴史があり、世界のアクチュアリー会
とも密接につながっていることが良く判ると思います。
これだけ歴史があるのであれば、なぜ国家資格に格上げされないのだろうか?と
個人的には不思議に思ったりもしますが、国家資格になることよりも、民間資格で
あり続けることの誇りと、国家資格になることによって形骸化しないような気概を
失わないでいる気骨のようなものを感じています。
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